彼の悲しみも苦しみも
そして悦びも。



 僕は知っている



草野球のグラウンドが見える土手に、
いつも彼はいる。

その土手が見える道に、俺はいる。


今日はとても晴れていて、陽射しも風も穏やかで
何の根拠もなく大丈夫だ、と思った。
今日なら、きっと、大丈夫だと。


「何してんの」
「!」
「日向ぼっこ?」
「今日は気持ちが良いから」
「俺も」


トニーが微笑んだのを確認して、
俺は彼の隣に腰を下ろす。

俺たちを隔てる距離は30センチ。
なんの危険も価値もない、都合の良い距離。


「野球」
「うん?」
「トニーは野球やんないの」
「俺が入ったチームが勝つから入んなって、マミーが」
「はは」
「叩きつぶすのは好きだけど、逆は大嫌いだから」
「手加減されんのも?」
「あいつは、大人気ないんだ」


批判的な物言いの割に、トニーの顔は嬉しそうだった。

そう、俺は知っている。

トニーは、マミーが好きなんだってことを。
そして、


「馬場とつばきは?」
「さあ」
「珍しい」
「いつも一緒なのは、偶然なの」
「そっか」
「うん」


トニーは寝転んで欠伸をした。

今日はとても晴れた日で。
空が遠く、何もかも遠く。
今日しかないって、そう思ったんだ。

もしかしたら、俺だけじゃないかもしれない。


「俺さ」


草野球のグラウンドが見える土手に、
いつも彼はいる。

その土手に、今日は俺もいる。


「マミーが好きなんだ」
「そう」
「うん」
「マミーは知ってんの?」
「言ってはいないけど」
「気づいてる?」
「勘が良いから」
「でも、マミーは、」


でもマミーは、ボンチューが好きなんだよ。

そんな非道い言葉が出そうになって
慌てて口を噤んだ。

そんなの、なんの必要もない言葉だ。
トニーを傷つけて、慰めてやったって、なんの意味もない。

傷の舐め合いにすらならない。

傷口の抉り合いだ。



「でもマミーは、ボンチューが好きなんだ」



全身が総毛立って、体中から汗が噴き出すような感覚。

脳内を読まれたのかと思った。



「だから、気づかれてたって、言えない」
「そんなの……、」


無性に腹が立って、俺は勢い良く立ち上がった。

トニーへ見向きもせずに、グラウンドの方へ歩き出す。
驚いたトニーが、すぐに追って来て俺の腕を掴んだ。


「京介?」
「そんなの許すのか!?」
「何言って……」
「あいつは、あんたの気持ち知ってんだろ!?」
「もう良いから」
「なのに何でっ……!」
「京介」


どうして、そんな悲しいことを


「あんたがそんなこと言うな……っ!」


俺の腕を掴んだ腕が、そのまま緩んで、
トニーは俺に縋るようにその場に座り込んだ。


「トニー?」


そう、俺は知っている。

トニーは、マミーが好きなんだってことを。
それが叶わぬ想いだということも。

そして、
俺の想いもまた同じだって、トニーは知っている。


「だったら、俺に言わせないで」


瞬間、俺はトニーを抱きしめた。
俺たちを隔てる距離は0センチ。

俺の肩に顔を埋めて、彼は何を想うのだろう。


「一人で泣くのは」
「うん」
「もう疲れたんだ」
「うん……」


一人で泣くには、今日は晴れ過ぎていた。
空が遠く、何もかも遠く。
傷口を抉り合うほうが、きっと何倍もましで。

好きという想いだけが膨らんで膨らんで
俺たちを悲しませ、苦しませ、

そして心底、悦ばせる。


「俺もだよ、トニー」
「うん、わかってる」


彼もまた知っていた。
俺の悲しみも苦しみも
そして悦びも。

すべて、俺と同じように。



2015.1.26
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