俺らしくもない。




 誰も、何も、手に入らない



心ここにあらず、といった具合。
いつものことながら、全く不愉快だ。

視線は宙を泳いで
いったいその眼に何を映しているのか
想像さえつきやしない。


「ちょっとくらい、寝とけ」


ぼんやりとした眼に俺の姿が映っても
何の反応もしない。
ああ、こいつの眼に俺は見えてねえのかと
飽きもせず思っては落胆する。

我ながら、なんて健気なことだ。


「寝かせてくれなかったくせにー」


隣の男が茶化すような笑みを浮かべて言った。

俺はわざと舌打ちして後ろを向く。
こいつに付き合っていたら
体力だけでなく、気力まで奪われてしまいそうだ。


「あれ、怒った?」
「寝る」
「一人で寝ちゃうわけ」
「テメエは一人で起きてやがれ」


とは言いつつ
隣で一向に横になろうとしないコイツが気になって
眠気など少しも感じないのが本音で。

窓の外を眺める横顔を
ずっと盗み見ていた。

かけるべき言葉が、俺にはなかった。




「寝るんじゃなかったの?」
「……うるせえな」
「穴が開くほど見つめられたらねえ」
「誰が見つめるか」
「素直じゃないなあ」
「早く寝ろ」
「心配性なんだから」


くす、と笑って、俺の腕に頭を預けるが
コイツの視線はまだ窓の外を向いていた。

月灯りに浮かぶ白い肌。
躰の線は女のように細い。


「いとおしいっていうのかなあ、こういうの」
「何の話だ」
「つい、応えたくなっちゃう」
「アイツか」


何を考えているのかと思っていたが
小狼というガキのことか、と少しだけ気分を害した。

隣に俺がいるというのに
心は別のどこかに行っている。
いつものことながら、
いつものことだけに、不愉快で。


「じゃあ応えてやりゃ良いじゃねえか」
「できる限り力になってあげるよ」
「そうじゃねえ」
「え?」
「アイツの気持ちに、だ」


一瞬だけの間。

そして息を呑む姿。
そんなに予想外だったか
あるいは真剣にとらえたのか

ただそれは一瞬のことで
次の瞬間にはまた
おどけるような笑みを浮かべた。


「やだなあ、冗談」


はぐらかすようなその言葉に
微細な表情の動きに
悟った。

まさか、と思った。
煽ったのは俺なのに、少なからずショックさえ受けた。


「……そういうことかよ」


今度は数秒。

バツの悪そうな面を見て
悲しみを覚えなかったわけではない。
痛みを感じなかったわけでもない。

ただ、悦びのほうが勝っていただけだ。
コイツは俺に、自分の弱みにつけ入る隙を与えたのだと思った。

だから、追い詰めるくらいしてやっても良いと思った。
そう望んでいるように見えたから。
そう、切に。



「くろ、」

言い終わらないうちに押し倒す。
手首を折れるほど握りしめた。



「……痛いよ」


その言葉を無視して、口づける。

一度息をついて、さらに、深く。








「っ……」
「……、おい」
「……痛いんだよ、くろがね」

「……安心しろ、俺もだ」



眉を顰めて、眼を逸らす。

気持ちを共有できないなんて、初めから知っての上だった。
だから、こんな行為でしか、気持ちを表せなくて。


こんな風にしか、
追い詰めることができない自分に腹が立ったけれど。

痛いのは俺だって同じなんだよ。

いつだっていつの間に
崖っぷちに立たされているのだから。



「まだ、足りないの?」
「あぁ、まったく」
「タフだよね、くろりんて」
「まず、その減らず口をたたけないようにしてやる」
「え、他にもあるの?」


いつかは、それで良いと思ったこともあった。
今だって妥協はしている。
コイツが誰を好こうが、構わないと。

ただ今ココにいる限りは、それがどんな形ででも良いから
コイツの頭の中を俺で埋め尽くしてやろうと、
そんな気持ちが芽生えたのも事実で。

これが溺れるということなのか。
麻薬みたいに、足りなくなるのは。


「テメエがあのガキを好きなら好きで良い」
「くろりんの気持ちを確かめようとしたのかも」
「そうかよ」
「信じないんだ」
「俺は、俺だけしか信じねえ」
「勝手だなあ」
「テメエもな」


俺の背中に腕が回る。ようやく視線を捉えた。
同時に唇を奪う。

徐々に深く、溶け合うように
互いを求め、貪り

綺麗でいられなかったことを心の底から悔やんで、悔やみ続けて。


「……ねえ」
「……なんだ」
「減らず口きけなくなったら、さ」
「あぁ」
「その次は?」


息が、止まるほどの苦しみを。




「息の根を止めてやる」


ほんとうは、躰が欲しかったわけではない。
欲しいのは、心だった。

追い詰めても追い詰めても近づかない距離。
むしろ隔たりは深くなる一方だ。




「気持ち良すぎてってやつ?」
「テメエ次第だ」
「病んでるなあ、ほんとに」
「余裕じゃねえか」
「くろりんさ、」
「だからやめろ、それは」
「大丈夫、だから、」


何がだ、と問おうとして
その顔を見て息が詰まった。

力のない笑み。
体力も、気力も、その気さえなくなったのだろうか。

視線は、窓の外。




「俺は黒鋼一筋だから」
「……っ」
「くろりん?」
「……胸くそ悪ぃ」


手に入らないものばかり、俺たちは欲しがっていた。



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