ドラマチック



台風が吹いていた。
せっかくの日曜日だったけれど、外に出たら間違いなく飛ばされるだろうから
仕方なく家の窓から暴走する風と雨たちを見守っていた。

たまに無謀にも外に出ている大人子供がいてそれを見るのが楽しかった。
見事に飛ばされている様は、等身大の人形だと思った。

骨だけになった傘が乱舞して、人に刺さっては血をまき散らしていた。
ケニーだったら間違いなく死んでいる。そう思うと笑えてきた。

最近は自分が危険なんだと認識したのか、幾分慎重になった気がする。
その慎重ささえ裏目に出てひどい死に方をするケニーは
相当死神に好かれているみたいだ。ちょっと可哀相かな。
でも、当の本人は気にしているのかいないのか、
すぐにあっけらかんとしたケニーの表情が浮かんで、やっぱり笑ってしまった。


台風の勢力はちっとも収まる気配を見せない。

ケニーも今日は家を出ないだろうと思って、少し安心して少しだけがっかりした。



「明日、カイルん家行って良い?」
「台風来るんだよ。風強くなってきたの、見えないのか」
「大丈夫だよ、台風くらい。カイル、怖いんだ」
「バカじゃない、ケニーなんか死ぬに決まってるだろ、心配してやってるのに」
「なんかって、ひどいな」
「台風でどろどろのびしゃびしゃで汚くなるんだ。元からだけど。ママに怒られるのは僕なんだからな」
「でもさあ」
「なんだよ」
「僕、台風で死ぬより、カイルに会えないほうが嫌だな」

不覚にも一瞬言葉に詰まってしまって。
でもそのあとすぐに言ってやった。

「死んだら会えないじゃん」

そうだねとフードの中からもごもご聞こえる笑い声に腹がたった。



そんな昨日のやり取りを思い出す。
来るなって行ったのは自分なのに、来ないとやっぱりムカついた。
でも予想以上に激しい風と雨。来るわけがないと思った。

がたがたと窓を叩く風雨に飽きて、カーテンを引こうとした瞬間だった。


「あ」


目の端にオレンジが見えた。

雨で濡れて見づらい窓に張りついて目を凝らす。


骨さえ残らないおそらく傘だったものの柄を握りしめたケニーの姿を見つける。
顔はほぼ真下を向いて、たまに辺りを確認するみたいに顔を上げるけれど
その目はばってんに瞑られていた。
これじゃあ良い餌食だ。


「ケニー!」


思わず小さく叫んだ瞬間、ケニーがこっちを向いた気がした。
この暴風雨ではいくら視力が良くても、僕の姿を捉えることはできないだろう。

ケニーの横を猛スピードで傘の帆が走り抜けて
あ、と声を洩らした瞬間。



ぐさ。

(たぶん、そんな効果音だと思う)


銀色の凶器が、ケニーの頭を貫いた。


後ろに仰け反ると同時に血が風に飛ばされ雨に流される。
手からは、握っていた傘の柄が飛ばされる。
飛ばされた瞬間、やっぱりこっちを向いた気がして
その顔は少しだけ笑っているようにも見えて(ほとんど表情なんか見えなかったけれど)

フードの中の口はきっと、カイル、そう呼んだと思った。


「なんてこった」


びっくりしたし、ちょっとショックだったし、忠告したのにと腹もたった。

けれどほんのわずかな優越感。
まるでその姿が見たかったかのような、興奮。
自分のためにその身すら捨てて会いにきて死ぬ姿が見たかったのかもしれない。

でも、大人が見るつまらないドラマのような展開に
すぐに興奮は冷めてしまった。

なんの感動もなく、やっぱり最後には腹が立った。


「ケニー殺しちゃった」


台風が過ぎたら、ケニーが握っていた傘の柄を探しに行こうと思いながら
カーテンを閉めた。


2007.09.08
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