わかっているのに止められないものが
この世にはある



 反動形成



ダブルベッドに裸で寝そべる男が二人。
今しがた、不道徳な行為が行われたばかり。

不愉快に淀んだ空気が沈殿している。

ここにいるのは、
俺と、マミー。

ふわふわとして実感がなかった。
試しに拳を握ってみても、上手く力が入らない。

どうしてだろう。

どれだけ彼を抱いても抱いても
この虚無感だけは、消えてはくれなかった。



「俺、京介と寝たよ」



気づいた時には、もう声になっていた。

瞬間、マミーが息を止めたのが分かった。
舐めていた飴が、口からぽろりとこぼれ落ちる。


「っぶね」
「ナイスキャッチ」
「……それまじ?」
「ああ」
「……」


マミーは小さく舌打ちをして、俺から視線を外す。
髪をぐしゃぐしゃと掻き回して、諦めたように溜息をついた。


「俺、言わんかったか?」
「あいつは駄目だって」
「はー……」
「ごめん」
「……まあ、俺には関係ねえけど」
「ごめん」


京介を抱いたのに、明確な理由はなかった。
ただ、同情だとかそんな理由でないことは確か。

あいつを見ていると
まるで自分を見ているようで嫌だった。

俺の悲しみは、あいつの憎しみ。
あいつの憎しみは、俺の苦しみ。
そんな思考の渦に足を取られて
深淵まで引きずり込まれてしまった。

だから壊したかった。
あいつも、壊して欲しかったんだと思う。

断ち切りたかったのだ、何かを。


「マミーは」
「あ?」
「何で俺と寝るんだ?」
「俺は誰とでも寝んだよ」
「そうだな」


マミーが俺に抱かれるのに、深い理由はきっとない。

飯でも食うか、みたいな乗りで誘ってきた。

俺の気持ちを汲んで、
慰めてくれようとしたのかもしれない。

一度抱けば、満足すると思った。


「でも、あいつは違う」
「ああ」
「ああいう、くそ真面目でくそ一途な奴は、一度絡みついたらもう離れない」
「ああ」
「一度寝たら、終わりだ」
「……わかってるよ」


そんなこと、わかっていたよ。

マミーを抱いて、ああ、こんなはずじゃなかったって思った。
こんな、どうしようもない快楽。苦悩。愛憎。
一度きりで終わるはずがない。

底なし沼のように、彼の体が俺を浸食して
もう、彼なしじゃ、呼吸さえできないくらい。

京介も、きっと、同じ。
なら、呼吸くらい、させてあげようと。


「あいつ、歯を食い縛って、声を殺して泣くんだ」
「……」
「少しも、気持ち良くなんかなかった」
「最初なんてそんなもんだろ」
「ずっとそうなんだ」
「おいおい、お前ら、」
「苦しいだけだ、ずっと……」
「……」
「どうかしてるよ」
「自覚があるだけ、ましだろ」

「マミーも」


顔には出ていないけれど、
マミーの殺気が伝わってくる。
これ以上は駄目だという牽制。いや、制圧。

これ以上踏み込むと、ゲームオーバーだ。
彼は、それを肌で伝えてくる。


「マミーもそうなのかって」


彼から答えはない。
わかっているのに、何度問うただろう。


苦しいんだ。
だから、どうか、呼吸をさせて。


「おねだりなら、もっと上手くしろ」


その殺意と慈愛に満ちた表情に、鳥肌が立った。
なんて優しく、なんて冷たい、表情。

主導権は俺にはない。

彼の唇は、甘ったるい飴の味。
胸焼けがしそうだ。


「マミー」


彼の名を呼び続けた。
どうか、


「俺のものになって」
「……っ」
「マミー……」


わかっているのに止められないものが
この世にはある。



「そいつは、無理な相談だ」


そして、苦しみだけが、伝染する。


2015.1.29
inserted by FC2 system