子供の体になってから、随分と経った。
小学生の演技にも慣れたし、これはこれで便利なこともある。

騙し騙し生きていくうちに、本当に騙されてしまいそうだった。



 自意識過剰



くだらない世話ばなしから始まって、
事件の話、黒の組織の話、薬の話、
そして、工藤新一の話というパターン。

服部とは頻繁に会えるわけではなかったから、
話の内容が濃くて、一人になった時どうにもどっと疲れてしまう。
頭は冴えているのに、考えたいことはたくさんあるのに、
体が持たないのだ。

それは、未発達な子供の体だからなのだろうか、と思う。

ただ、「江戸川コナン」ではなく「工藤新一」でいられるその時間は、
俺にとって何よりも重要だった。

服部という男の前で俺の存在とは工藤新一だけなんだと、
根拠も無しに思っていた。
根拠なんていらないほど、確固としたものだと思っていた。
これまでも、これからも。


「今の体て、成長しとんの?」
「さあな。そういうことは灰原に聞けよ」
「他人事やなぁ自分」
「俺は子供のままいる気なんてねえんだよ」
「背えが伸びたとか、靴のサイズが大きなったとか、そんぐらい分かるやろ」
「何でそんなこと聞くんだよ」
「いや、何となく」
「何となく聞くな」
「何怒ってん」


服部は、以前はしつこいくらい工藤新一の話ばかりしていた。
俺の体が小さいことが見えていないんじゃないかと言うほど、
俺を高校生の工藤新一として扱った。

対等に話せる相手は少ないから、素直に嬉しかった。
隠すことがないということは、気が楽だった。

コイツの単純で真っ直ぐで熱くて嘘のない性格は、
はっきり言って鬱陶しいと思うけれど
俺はそれに救われていた。

救われていたはずなんだ。


「工藤?」
「……」
「もしもーし、くどーさーん?」
「……体力がねえんだよ、この体」
「そら子供やしな」
「高いところに手が届かねえし」
「狭い隙間に入れるやん」
「入ってどうすんだよ」
「隠れんぼとか有利やろ」
「するか」
「せえへんの?」
「いや、するけど……」
「ならええやん」
「相手が子供だったらなんも有利じゃねえだろうが」
「工藤は、子供の体嫌いなん?」
「嫌いも何も、俺は高校生なんだよ」
「俺は、小っさい工藤もええと思うけど」


そう笑って、頭をがしがしと掻き回す。
手加減なしにやるから、頭がぐるぐると痛くなる。

コイツは高校生の俺相手に、こんなことをするだろうか。
子供だから、こんなことするんじゃないだろうか。


「痛ってーっつの! 触んな!」
「なんや、反抗期か」
「お前さ」
「ん?」
「最近、子供扱いうまくなったじゃねえか」


頭に置かれたままの手を力を込めて掴んだ。
痛いと言わせたかったけれど、到底無理だった。
精一杯の俺の力は、コイツにとっては痛くも痒くもないのだ。
全然痛ないで、とふざける彼を睨みつける。

一瞬、空気が冷えて
そこでやっと彼は口を閉じた。


「……悪かった」
「別に」
「そんな痛かったん」
「子供だからな」
「せやったな」
「お前、子供扱いへたくそだよな」
「今うまい言うたやん」
「いつからだろうな」
「え?」


きょとんとした目が俺を見ている。
俺を見下ろしている。

俺は上へ、服部は下へ。目線が水平になることはない。
俺は、子供の体なのだ。


「服部、お前、いつから俺を子供扱いしてんだ」
「工藤?」
「誰を見てるんだよ」


最近の服部は、明らかに小さい俺を意識している。
と言うより、高校生の工藤新一を遠ざけようとしている。

初めは気にならなかったし、気にしないでいた。
事実俺の体は子供だったし、その姿に慣れたってそれは当然で。


自意識過剰。



「お前が見てるのは俺じゃない」


自意識過剰。

俺であって俺ではない。


「工藤?」


どんどん我侭で貪欲になっている。
まるで子供みたいだ。


「俺は、江戸川コナンじゃない」
「工藤」
「俺は……」


喜ぶべきか嘆くべきか。
服部は、江戸川コナンを受け入れたのだ。

俺はいまだ、受け入れることができない。
俺、を。



2011.08.16
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