そして、否定の言葉はない。


 心根 


「……酒くせぇ」


帰って来るなり、アスマは顔を顰めた。

急いで帰って来たのだろう、息が少し上がっている。
その姿を見て、僅かに罪悪感が芽生えたけれど、
そんな思いは、酔いに蝕まれつつある頭からはすぐに消え去った。


「おっせーんだよ」
「だから、鍵渡しといただろ」
「冷蔵庫に酒しか入ってねえし」


ソファに寝転んでいた体を勢いよく起こそうとすると、
思いの外酔いが回っていたらしく、そのままテーブルに突っ伏してしまった。

酒の入ったグラスが倒れ、床を濡らす。
透明な液体が流れる様が、やけにゆっくりと感じた。


「おい、大丈夫か」
「俺、また、年取った」
「は? 何爺くせえこと言ってんだ」
「あんたじゃあるまいしな」
「お前、醒めたら覚悟しろよ。ったく、ここで吐くなよ」
「平気だっての」


濡れたテーブルと床を手際良く片づけているアスマを
ぼんやりと眺めていたら、
俺は何やっているんだと、少しずつ思考が回復してきた。

酔いが醒めたら、後悔と罪悪感に襲われることは分かっていたから、
いっそ記憶が飛ぶくらい酔っぱらってしまいたかった。

それはそれで、その後更に後悔するんだろうけれど。


「わっ」


いつのまにか隣に座っていたアスマが、
冷たいグラスを頬につける。


「酒?」
「ばーか、水だ」
「あんたは」
「酒」
「俺のは?」
「お前にはケーキ」
「……ケーキ」
「ガキにはケーキだろ」
「うっせーよ」


誕生日。
また、一つ年を重ねて、少しだけ大人に近づく。
アスマに、一瞬だけ近づく。
そして、またすぐに離れる。


「年なんか取らなければ良いのに」
「俺は嬉しいんだけどな、お前が大人になるってのは」
「ガキに手え出した奴が何言ってんだ」
「ガキじゃもの足んねえからなあ」
「死ね」


アスマの脇腹を思いっきり蹴飛ばすと、
鈍い声を出して、堰き込んだ。


「俺じゃない」


むせ返るアスマの背中に、
聞こえないように呟いた。


「シカマル……てめえ」
「脇が甘いな」
「いい度胸だ」


そう言ってアスマは俺を押し倒した。




年を取るということは、その分時間が過ぎるということだ。
子供とか大人とか、年の差なんかは仕方がないことだ。

ただ、時は進み続ける。
そして、人の意思を簡単に呑み込んでしまう。
当然のように。それが自然の摂理だと言わんばかりに。


ずっと同じではいさせてくれない。




「あんたは、いつ俺との関係に線を引く?」
「は?」
「あんたと俺の時間は、違うんだよ」
「俺も良い年だからな」
「……そうだよ、おっさん」


仮にも猿飛家の一族であるのだ。
いつまでもふらふらしていられるはずがない。


いつまでも、俺の名を呼んで
こんな風に抱きしめてくれるはずなんか、ない。



「そうだなあ」



いつからこんなことを考え始めたのだろう。

初めから解りきっていたのに、
解った上で関係を持ったのに。




「俺もあんたといつまでも遊んでらんねえし」
「シカマル」
「面倒なのも嫌だし」
「そうだな」
「だから……」
「ちょっと黙ってろ」


言葉に詰まったことを隠すように
唇を塞がれる。


どうしたら縋りつけるか考えているあざとい自分が、
殺したいほど憎くて堪らないんだ。


2010.09.22
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