騙し騙し
傷つけ合うだけの僕たちに
未来なんてあるのだろうか



 これが愛でないのなら



いつもより、しんと張りつめた空気。
疎らに空いた席。

元来よく話すほうではないし
騒がしいのも好きではない。

ただ、当たり前だった賑やかさが
自分の中に染みついてしまっていて
いつまでも抜け出せない。


この静けさの中に、戻らなければ。


二月も中旬。
この時期は、三年生は卒業まで休みだから
ほとんどの生徒は学校に来ない。

まだ受験が終わっていない生徒が勉強をしたり
単位がぎりぎりの馬鹿な奴が補習を受けたり
そして、俺みたいなもの好きが集まっている。

きっと何か、やり残したものがあるのだ。


「亮さん!」
「倉持」
「暇そうっすね、昼一緒に食べましょうよ」
「暇じゃない」
「じゃなくても良いですから」
「なら言うな」
「すんませんて、あ、屋上行きます?」
「寒い」
「年寄りくさくなっちゃってまあ」
「……」
「うぐあっ!!」


調子に乗っている倉持の脇腹を
思いっきり殴って俺はさっさと屋上へ向かう。

彼は、俺が学校に来ていることを知ってから
こうして毎日つきまとって来た。

邪魔する存在がなくなって、
前よりも一緒にいる時間が増えたことに喜ぶこいつを
見るのも悪くはない。

けれど、本末転倒というか。
俺は、何のためにここにいるのだろう。


「けど、何で毎日学校来てるんすか?」
「悪い?」
「全然、むしろ大歓迎っす」
「……あっそ」
「なんか今日冷たくないっすか?」
「寒いんだよ」
「温めましょうか?」
「なんかお前節操なくなってない?」


この一週間余りで、彼との距離が近づいた。
大体予想はしていたけれど、
それにしても浮かれ過ぎじゃないかと思うくらいだ。

彼は、嬉しい嬉しいとそればかり言うけれど、
きっとそれは感情の裏返しで

彼もきっと怯えているんだろう。
この静けさに。

だから喜ぶ振りをして
自分を鼓舞しようとしている。

これは妄想だろうか。


「倉持は、卒業したら、どうするの?」
「うーん、まだ決めてないっすけど」
「まあ、今は野球のことで頭いっぱいだろうね」
「来年が最後ですし」
「そうだね」
「俺あんま頭良くないし、亮さんと同じ大学は無理かなあ」
「うん」
「でも、近くなら……」
「ね、倉持」
「はい?」


俺は、何のためにここにいるのだろう。

きっと何か、
やり残したものがあるのだ。


「俺、もう学校には来ないから」
「え?」
「卒業式の後は打ち上げとかあるし、お前も練習だろ?」
「でも……」
「お前とこうして話せるのも、今日で最後ってこと」
「な……、意味、わかんねえ」
「倉持」


誰もいない屋上。
露出した肌が凍るほど寒い。

毎日寒いと言いながら、
俺たちは屋上で昼飯を食べた。

二人で、寒いねと言いたくて。
二人だけで、笑い合いたくて。


「さよなら、だ」


ずっと考えていた。

彼といた二年間。
彼と交わした言葉。
伝え合った想い。

俺は、何のためにここにいるのだろう。

一人になるのが怖かった。
一人で歩くのも、 遠くで彼を想うのも。

それなら、平気な顔をしていられるうちに
終わりにするべきじゃないのか。

笑っていられるうちに。
ぜんぶ。
二人でいられるうち、ぜんぶ。


「そうですね」


想像もしていなかった返答に、
理解が追いつかなかった。

それは肯定の言葉か、否定の言葉なのか。


「いつか、こんな日が来るんじゃないかって思ってたんすよ」
「……そう」
「でも、仕方ないっつーか……」
「……」


頭を殴られたような感覚。
目の前が暗くなって、声もよく聞こえない。

これがあるべき姿?
戻るべき場所?

早く、この静けさの中に、戻らなければ。
早く、早く……

でも、


「…………」
「…………、」
「じゃあ俺、もう行くんで」
「……っ」


この静けさ以上に
苦しいものがあるだろうか。


「……っく、」


洩れた嗚咽を、必死で噛み殺す。
遠ざかる足音が耳鳴りのように反芻して
耳を塞いでも、繰り返される別れの言葉。

感覚を失った指で拭う涙は
あまりにも熱くて。


「……ら、もち……」


涙で目が凍りついて、開かなくなってしまいそうだ。
でも、それも良いんじゃないかと思う。

もう何も見ないで済むのだから。

彼の姿を見ることは、もう……。







「……っんであんたは……!!」


声と同時に温かいものが体を覆う。

顔はぐしゃぐしゃで、上げることができない。


「何で亮さんが泣くんすか!」
「くらもち……」
「振られたの俺じゃないっすか!」
「なんで……」


抱きしめられた力は、今まで感じた中で
いちばん強くて。
痛くて、苦しくて、悲しくて。


「俺だって、苦しいですよ!」
「……なせ」
「一瞬でも別れてみて、わかったでしょう」
「離せ……!」
「これ以上苦しいことなんて、ないんですよ!」
「……っ!」


きっと何か、やり残したものがあるのだ。
だから毎日毎日、彼の顔を見に来て。

静けさなんてぶち壊して欲しくて。


「俺に会うために、来てたんすよね」
「違う」
「なら、来てください」
「痛いよ、倉持」
「知りません」
「お前、汚いことするな」
「最初にけしかけたのは亮さんですよ」
「苦しいんだ」
「わかってます」
「お前も、なんだ」
「……俺も、です」


涙の痕が凍っては、また伝う涙に溶かされて
もしかしたら、永遠だってあるんじゃないかと
馬鹿なことを思った。


「恋って、つらいものなんすよ」
「ばーか」
「どうせ、つらいなら」
「ん」
「一緒にいたほうが、少しはましじゃないですか」
「……生意気」


苦しんで、傷つけ合って
騙し騙し過ごす日々に
未来なんてないのかもしれない。

それでも、一緒にいられたら。


「ねえ」
「はい?」
「明日も、来るよ」


苦しくても、苦しいだけでも。

これが愛というものであるのなら。



2015.2.18
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