道


歩いている途中、眼の前の景色がいつもより広く感じて
あれ、と思う。

いつも通る道は何も変わらず続いているのに、違和感が走る。
確かめるように横を向いても同じで、急に不安が広がって立ち止まった。


「うわっ」
「いてっ」


背中に何かがぶつかって、前につんのめった。
後ろを振り返ったら、平助がいた。


「急に止まらないでよ、びっくりした。あ、大丈夫?」
「へ、すけ」
「なんで新八っつぁんが驚いてんのさ」


そう言って平助は笑いながら俺の手を引いた。

思い出した。

今日は良い天気だから、と俺は昼寝がしたかったのに
外に連れ出されたのだった。
良いから良いから、と何が良いのかわからないまま
そのときもこんな風に手を引かれたのだ。


「んで」
「新八っつぁん?」
「なんでそこにいんだよ」
「何でって、さっきからいるって」


驚いたのは背中の衝撃のせいもあったけれど
それ以上に平助が自分の後ろにいたことにひどく驚いた。
ただそれだけのことに驚く自分にも驚いた。

ひどいなあと言う平助の声が厭に遠くに感じた。


「どうかしたの?」
「何でもねえ」
「変な新八っつぁん」


変なのはお前のほうだと呟いたけれど
聞こえなかったのか平助は太陽に向かって伸びをしていた。
その横顔は気持ちが良さそうだったから、やっぱり聞こえていなかったんだと思う。


「どこに行くんだよ」


二人で散歩に出ると、必ずと言って良いほど平助は俺の前を歩く。
そして頃合いを見計らうように振り向いて、手を差し伸べてくる。
隣を歩いていることもあったっけ。

うまくやれば(平助が)手を繋いで歩くこともあったかもしれない。
それが今日は後ろにいただけだ。たったそれだけの違い。
何を不安がるというのだろう。


「どこまでも?」
「一人で行けよ」
「だって新八っつぁん、昼寝する気だったでしょ」
「昼寝日和だろ」
「ただ二人で歩きたかっただけ」


こんなことは日常茶飯事だった。
何かにつけて俺は連れ回されていたと思う。

どの記憶の中でも、手を引っ張り先を行くのは、やっぱり平助のほうだった。


「はやく歩けよ」
「え、なんで?」
「はやく行けって」
「ちょ、新八っつぁん?」


平助の背中を力一杯押して、無理矢理先を行かせた。
どうしたの、と問う声を無視して俺は背中を押し続けた。

何をこんなにムキになっているのだろう。
何を不安がるというのだろう。


「……っ」


腕が軽くならないのは、俺の力が弱いから(平助に比べて)だし、
手も躰も割かし小さいからだ。
そうであって欲しかった。



「……消えたり、しないよ」


言葉とは裏腹に躰は抵抗しているじゃないか。

これは、もう、先に行かないってことだ。
俺の手を引くつもりがないってことなんだ。
俺を連れ出すのは、これで最後だ。

腕が重い。

涙がぼろぼろ落ちて行く道を濡らすから、前が見えなくなった。

平助がいないと、俺には進む道がもうないのだと思った。


2007.07.20
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