バカじゃねえのとか死ねよとかうざいとか
憎まれ口はぽんぽんと無意識に出てくる。
言った後に言い過ぎたと気づくけれど、相手が浜田だから後悔もしたことはない。
言ったことには後悔しないほうだ。
その反面、言いたくて言えなかったことの後悔は山のようにある。
今に雪崩が起きて、いっそ記憶喪失にでもなれば良いんだと思うくらいに。




 雪崩
 


毎年恒例のようにつきまとってくる奴に
クリスマスの予定はまだ聞かれていない。


「泉、帰ろうぜ!」
「お前、こんなとこで何してんだよ」
「何って、泉待ってたに決まってんじゃん」
「もしかして寒さ感じてねえのか、バカすぎて」
「あのさあ、この寒空の下待ってた人に言う台詞?」
「待ってんなって言ってんだよ」


部室を後にして暗い道を帰宅中、
ぽつりと灯る街灯の下に浜田がいた。
俺を待っていたらしい。

12月ももう下旬。
相手が誰であれ、寒さが大嫌いな俺には到底できない芸当だと思った。

だからこそ浜田の白い息と赤い鼻の頭に、
なんだか落ち着かない気持ちになったのだ。


「それって、俺のこと心配してくれてるとか」
「うざいんだよ」
「もうちょっと、良い会話がしたいなあ……」
「るせえな」


立ち止まっているのを良いことに寒さが躰を侵食してくる気がして
俺は浜田を素通りした。

お、おい、泉!と上擦った声が後ろから聞こえる。
いちいち説明してやらないと分からないのかこのバカと言う気で
一瞬後ろを振り向いてやったけれど、
やっぱり寒さが躰に堪えてすぐ前を向いて早足で歩く。

本当は浜田の顔を見たら、何も言えなくなって
なぜだか不安に駆られていた。
誰といることが多いかと問われれば間違いなく浜田といることが多かったけれど
浜田といるときはいつも逃げ出したい衝動に駆られていた。

いつか、崩れてきそうで。


「さっさと帰んぞ」
「お、おう!そのために待ってたんだからな」


浜田の息は白くて、鼻の頭が赤い。子供みたいだ。
どっちが寒いんだよ、と呟いた。




黙々と歩く。
これは頭の中でぐるぐると何か考えている証拠で。
もっとも浜田は何も考えていないかもしれない。
コイツは何か考えたり悩んだり、それが深刻なほどよく喋る傾向にあるから
やっぱり何も考えていないのだろうと思った。

俺はきっと逆だ。
なんだか癪で、雑念を振り払おうと頭を振った。



「クリスマスは部活だろ?」
「なんで知ってんの」
「腐っても応援部だぜ俺は」
「じゃあぜってー応援しに来いよ」
「う……」
「腐ってんな」


今年のクリスマスは部活。
イブもクリスマスも野球とは関係ない。

俺は特に行事ごとにこだわらないから別にどうも思わなかったけれど
みんなはブーイングしていた。
モモカンもクリスマス過ごす相手くらいいねえのか、とちらっと思ったけれど口には出さず。
でもうっかりそう口にした水谷がゲンコツを喰らっていた。バカな奴。


「俺今年はバイトだ」
「へえ」


さらっと言ったから、さらっと流した。


でもそれは予想外の一言。
そんなこと言いに来たのかと思うとどうしようもなく腹が立った。
まるで俺が期待しないように釘を刺しているようで。



「せっかくのクリスマスなのになあ」
「どうせ何も予定ないくせに」
「そんなことねえよ!」
「そんなことないのにバイトのが大事だってこと?」
「泉、なんかとげとげしくね?」


刺された釘が棘に変わった。

余計なことばかり言い過ぎて言いたいことが埋もれてしまう。

自分が何を言いたいのかどんどんわからなくなって
どんどんどんどん積もっていく。
積もり積もって、最後には雪崩みたいに崩れ落ちる。


我ながらなんて感情だろうと思う。

俺は自分を犠牲にしてまで浜田を優先してやることはできない。したくない。
でも浜田が俺を優先してくれないことにこんなにも腹を立てて。



「……誰のせいだよ」
「いずみ?」
「なんでだよ……!」



呟くと同時に駆け出す。家までもう幾らもなかった。


本当は頭で思っていることの半分だって言えていない。
憎まれ口は考えなくても出てくるのに
肝心の言葉は一度だって声になってはくれないんだ。


ムカついたし、悔しかったし、嫉妬もした。
でも本当は、悲しいと思ったんだ。

そんなこと言ったらコイツはびっくりして引くんだと思う。


一度意識したら終わりだと思った。

もう終わりだと思った。

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2007.12.24
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