触れてみて、ようやく気づいた。



 one more chance



「……すいません」
「別に良いけど、早くどいてよ」


慌てて亮さんの上から飛び退いた。

驚いたのは二つ。
俺の甲斐性のなさと、亮さんの冷静な態度。

どういうつもりで、俺は望んだのか。
どういうつもりで、彼は俺を受け入れたのか。

頭の中が沸騰して、煮上がったみたいで。
火傷しそうなくらい熱い血液が体中に浸食して、
俺の理性も秩序もどろどろに溶かしていく。

ぐつぐつと煮えたぎる心臓の音に、頭がおかしくなりそうだった。


「早く、出てってくれる?」
「亮さ……」
「倉持」
「は、はい」
「欲情するだけじゃ、俺たちの溝は埋まらないんだよ」
「……っ」


そう、きっと、足りなかったのだ。

でも、何が足りないのかわかっていたら、
こんなことにはならなかっただろう。


「体は正直だから」
「俺、本気で亮さんを」
「でもだめだった」
「、それは……」
「それが全てだ」


上着を手に、追い出されるようにして
彼の部屋から出る。

好きで好きで仕方がなかった。

傍にいれば、触りたくなる。
触れば、抱きしめたくなる。
キスをして、服を脱がせて、
心も体も、全部一つになりたいと思う。

それはごく自然なもので
当たり前の衝動だと思っていた。


それなのに、どうして。


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部屋で二人、寛いでいたときだった。

衝動は急に訪れるもので、
思春期真っ只中の俺には抗うことなどできなかった。


「ちょ、倉持……」
「好きです亮さん」
「何盛ってんだよ」
「もう我慢できないんです」
「おい、わ、どこ触って……」
「お願いします、亮さん」
「……わかった、けど」
「けど?」


その時は、気づけなかった。
ただの煽り文句じゃなかったことは、今はわかる。

それがわかっていれば、こんなことにはならなかった。

亮さんの冷たい目が、
その奥の傷ついた心をありありと示していて。

自分の愚かさに死にたくなった。


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それは本能のようなもの。

甘いふわふわとした憧れ。
色素の薄い髪はくせっ毛で柔らかい。
あんなに小さくて可愛いんだ。

なんて愚かしい。
ていの良い、捌け口にもならない。


「倉持」


例の件から、一週間。
まともに会話すらしていない。

頭から振り払いたくて、夜遅くまでバットを振っていたら
声をかけられた。

亮さんも俺のことを避けていたし、
何を言えば良いのかわからなくて、放置したまま。
何もわからないまま。
考えても、わからない。


あの時、どうして、体が動かなかったのか。


「……なんすか」
「何かみんなに心配されちゃって、倉持と喧嘩でもしたのかって」
「俺も、御幸に……」
「これ以上詮索されるのも面倒だから、なかったことにしよう」
「え?」
「お前もわかったろ?無理なんだって」
「何、が」
「お前に俺は抱けないよ」
「……!」


抱けなかった。

指先がそれ以上触れるのを拒絶した。

あんなに触れたかった体。
何度も何度も想像して、
何度押し倒したいという欲望を抑えつけたか。

抱きしめて、唇に触れて。
服を脱がせて、体に触れて。
無我夢中で求めた。


「亮さん……」


でも
華奢に見えた体は、筋肉質で骨張っていた。
柔らかそうな肌は、薄くて固かった。

自分と同じ体を見て、指先が拒絶した。

何を今更。
亮さんは、男だってわかっていたのに。
それでも好きだって思ったのに。
好きで好きで、欲情するくらい好きだったのに。

触れてみて、ようやく気づいた。


「俺、まだ好きでいて、良いすか」
「俺に聞くなよ」
「……はい」


萎えたわけじゃない。
むしろ、扇情的で、背徳感がより興奮させた。


「少し、離れよう」
「俺、何がいけなかったんですか……」
「お前は正常だよ」
「はぐらかさないで下さい!ちゃんと……!」
「ねえ、倉持」
「はい」
「俺が女だったら良かったんだろうね」
「…………っ」


俺は怖気づいたのだ。

快楽だけを貪る、そんな非生産的な行為。
何も生まれない、何も生み出せない、
それが、ただ怖かった。

彼を抱く覚悟が、俺にはなかった。

好きで好きで仕方がなかった。
一つになれば、ぜんぶ埋まると思った。

そんなわけ、ないのに。


(……わかった、けど)
(けど?)
(お前にそんな覚悟あるの?)


どういうつもりで、俺は望んだのか。
どういうつもりで、彼は俺を受け入れたのか、

どうして拒んでくれなかったのか。


「俺にはあるよ」
「亮さん、もう……」
「ごめんね、拒んでやれなくて」
「……、っ……」


亮さんはエスパーのように俺の気持ちを読む。
そんなのいつものことだ。

でも、なんて、顔をするんだろう。

思うより先に体が動いた。
汗と泥にまみれた腕で、抱きしめた。
柔らかな髪は、シャンプーの匂い。

彼は腕の中で暴れたけれど、しばらくして諦めたのか
静かになった。


「すいません」
「少しくらい、言い訳しろよ……」
「……すいません」
「お前なんか大っ嫌い」
「俺は、好きです……」
「だい、きらいだ」


女だったら良かったなんて、思っていない。
俺は、亮さんだから、好きになったんだ。

触れてみて、ようやく確信した。
やっぱり、好きなんだ。

次は、越えられるだろうか。
次は、あるだろうか。


2015.2.18
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