その程度なんだって、思われたくなかった。

言葉なんて、一瞬で、容易で、呆気なさすぎるから。

好きだなんて、そんな一言で終わらせたくない。
そんなんじゃ、ちっとも足りていなくって。

もっともっと、もっと、必要なんだ。

好きで。本当に愛おしくて。
ひとつも言葉にできない。




 アウトプット


何が重要かって
なんてこともない会話とか、無邪気な仕草とか
お前がするから、なんだ。
平助、お前だから。

わからないかもね。
それでも、そう思うよ。


「何?」
「なーんかさ、余裕だよね」
「あれ、また顔緩んでた?」


たまに、こういうことがある。
彼が、今みたいに不満そうな科白を口にしたとき
決まって俺は、不意に微笑んだり、思い出し笑いをしていたりするらしい。


「そういうのって、失礼だよ」
「え?」
「けっこう傷つくし」
「バカにしてるとか思ってる?」
「それならまだマシ」
「マシ?」
「だって、」


そう言い彼は、少し怒ったような、傷ついたような顔で俯いた。

こういうところが素直だな、と思う。俺と違って。
思ったこと、感じたこと、彼は何でも言葉にする。何でも伝えてくれる。
だから、俺みたいに何も言わないことに
歯痒さを感じてしまっているのかもしれない。

でも、あからさまに彼が不平を洩らしたことは、一度もない。
俺のことを信じているのか。
それとも我慢しているのだろうか。

彼らしくないとは思いつつ
それに甘えている俺には、やっぱり何も言えなかった。



「平助?」
「……新八っつぁんがね」
「ん?」
「嬉しそうだったり、切なそうだったり、いつも違うんだけど」
「うん」
「綺麗にね、笑うと思ったんだ」


それでいて、
心を揺さぶる言葉を、彼は簡単に口にする。
俺はその度、息を呑んで、眼を瞠って。
動揺を悟られないようにと、けっこう苦労しているんだよ。

ねえ、どうしてそんなこと。そんなふうに。
どうしてそんな言葉で。


ねぇ。どうして、表現できるの。



「でも、……嫌なんでしょ?」
「そうじゃない」
「不満そうにするじゃない」
「だって、」
「だって?」
「好きだから」
「え?」
「そういう新八っつぁんも好きだから」



彼はそう言いながら、永く息を落とす。
その顔は、何故だか満足そうに見えた。



「俺といるときに違うこと考えてるのが、淋しいだけ」



そして、ちょっとだけだけどね、と照れたように笑った。

彼の言葉にはきっと、魔力が宿っているに違いない。

俺はなんの反応もできないまま
操られるように彼を見つめるしかできない。
感情を表す手段を、封じられてしまったみたいだ。



「新八っつぁん?」


視線が絡んで、また、気が遠くなる。
あどけない彼の瞳が、俺には眩しすぎるんだと
そんなこと
今更気づいても遅いのに。



「なんでそんなに出てくるわけ?」
「え、何が?」
「いろいろ、言いすぎ」


彼は少しだけ考えるような仕草を見せて
でも最後にはやっぱり
嬉しそうに、笑った。



「新八っつぁんだからだよ」
「……」
「俺の眼に映るのが、新八っつぁんだから」
「……、」
「新八っつぁんが言わせてるんだよ?」
「おれが……」
「俺を、導いてくれるから」
「っ」



抑えようのない気持ちが
咽喉元まで押し寄せて

でもそれは、音になる瞬間に
どこかに消えてしまって



「……へいすけ、」



ねぇ、やっぱりダメだよ。
わからないんだ。
なんて言ったら良いのか、伝わるのかが、まるで。

言葉にならない。できないんだよ。




「俺には、……」


俺は問うてばかりだ。
それはきっと
答えることが、できないから。



「新八っつぁん?」


こんな時間も。
やるせない鼓動も。
切なくて、歯痒い、この想いも。
全てお前のものなのに。平助、お前だけの。

こんなに、想っているのに、何一つ。

こんなにも、愛しているのに。
溢れそう、なのに。



inserted by FC2 system