青天 朝は酷く弱い。 低血圧でもましてや高血圧でもないし、かと言って寝不足ってわけでもない。 ただ気持ちの良い眠りを、自分の意志とは反して妨げられる朝が気に喰わないだけだ。 寝ぼけだ頭でこんなことを考えていると、不本意ながら頭は冴えてくる。 悪い機嫌がますます急降下しているな、と思った。 「いずみ!」 後ろからばたばたと駆け寄ってくる足音。 俺の隣に並ぶと息を切らしながら、よう、と笑った。 その顔はなんだか今日の天気みたいだなと思った。 機嫌が悪いことをアピールするために、わざと無愛想な返事をした。 何かを期待したのか、馴染みからくる八つ当たりかは分からない。 「……はよ」 「うわ、何その淀んだ顔」 「うっせーよ話かけんな」 「お前、俺のが年上って知ってる?」 「知るかよ留年馬鹿男」 「機嫌悪ぃなあ」 困ったように頭をかく浜田。 仕掛けてくるのは自分のくせに、玉砕するのも折れるのも大体浜田のほうだ。 だけど、その時に見せる顔が割りと嫌いじゃなかったりする。 俺ってどっちかって言うと、Sだし。 「泉って朝弱いよな」 「ほっとけ」 「うざいとか思ってたり?」 「浜田の場合、朝に限ったことじゃねえけど」 「それまじ傷つくんだけど……」 いつものことだからとフォローをしないでいると、 肩を落とした浜田は俺を追い抜いて行ってしまった。 なんだよ、冗談に決まってんだろ、と頭の中で否定してももう遅い。 朝は予想外に体の反応が鈍いのだ。 「……は、」 正門は登校する生徒たちに溢れて、浜田はすぐに見えなくなった。 諦めて呼ぶ声を途切らせた。 それよりも先に諦めていたかもしれない。 機嫌じゃなくて、気分が落ちていくのが嫌なくらい分かった。 ちぇ、と舌打ちをして、たらたらと正門へ向かう。 「いーずーみ!」 校舎に入る直前だった。 頭上数メートルからどでかい声で呼ばれて、一瞬呆気に取られた。 「早く来ねえと鐘鳴んぞー!」 恥ずかしいくらいに良く通る声は、明らかに俺に向けられていて。 俺が反応しないでいると、更に名を連呼された。 周囲の眼が一斉に俺に向く。 やられた。さっきの仕返しってわけか。 顔が蒸気して、頭に血が上っていくのが分かった。 「浜田ぁっ!てめ、殺すかんなっ!」 恥ずかしいよりも先にそう叫んでいた。 俺らしくないとは分かっていたのに、そうせずにはいられなくて。 どんな言葉でも、俺が反応してやると浜田は笑うから。 今だって、俺が叫んだら、楽しそうに笑っていた。 そうだ、いちばん好きなのは、この顔だから。 くそっ、と小さく毒づいてから駆け出す。 朝から面倒なことさせやがってと思う反面、俺は嬉しそうに怒っていたと思う。(それも変だけど) こうやって気怠い朝は、熱い鼓動で醒まされる。 今日は青天。 こいつがいれば、いつだって晴れなんだと思う。 2007.07.22 |