死について



カレンダーに印をつけるのをやめたのは、いつだっただろうか。
ケニーが死んで、もう、何日経ったか覚えていない。


ケニーが死んで間もない頃は、ぽっかり空いた場所が気になって、
このまましんみりばっかりするんじゃないかって少しだけ心配だった。
けれど、何てことはない、ケニーがいなくなったこと以外は、何一つ変わらなかった。
物理的法則としては、まあ、当然なことだ。


「期待してたんだよ、スタンは」
「しんみりなんかしたくない」
「その先のこと」
「先? 先なんてないさ」
「嘘つくの下手だよね、スタン」


カイルは俺のいちばんの親友で
気がつくといつも横にいる。

感情が激しいだけに、高ぶるときは手がつけられないほど上がるテンションも、
冷めたときは、クールを通り越してフリーズって感じだ。
素直というよりは、忠実なわがままなを貫いていると感じる。



「こんなの全然クールじゃない」


そう言った視線の先には、丸められたカレンダーが二枚。
月が変わって破り取られたカレンダーが、机とベッドの間に
所在無さげに落ちていた。

ケニーが死んでから、俺はカレンダーに印をつけていた。
理由はもう忘れたけれど、何となくそうしようと決めた。
それがいつしかただの習慣になって、何の為の印だか忘れかけた頃
印をつけることも忘れた。

カレンダーを破るたびに、何となくバツが悪くなったから
破ったまま放っておいた。

別に、深い理由はない。
全部に深い理由がなかったから、何もしなくなった。

何もできなかった。
何かしたくても、何も思いつけなくて。
何もできなくなった。



「スタンはもう平気なんだよ」
「平気って何が」


ケニーがいなくたって悲しくないし、忘れてしまうことだってある。
毎日笑えるし、いつか思い出さなくもなるんだろう。
たまに何かの拍子に思い出すかもしれないけれど
何とも思わなくなるんだろう。

ただ、そんな自分が、白状なんじゃないかって怯えてるんだ。
ケニーのこと忘れてないって、そんな慈悲深い自分に酔いたいだけなんだ。
この先ずっと、そうやってケニーを想い続けていれば何かがあるって期待してるんだ。

そういうのって、傍から見るとすごく滑稽だよ、スタン。


「カイルって凄まじいよな」
「ほんとのことだろ」
「そうじゃなくてさ」
「何さ」


カイルの問い詰めるような視線に余裕のなさを感じて、
可笑しくなった。
瞬間、張り詰めていた感情がだらりと緩んだ。

緩んだ拍子に、溢れ出た言葉。
何度も頭の中で呟いた言葉。
それは彼の名前。

ただの名前。


「ケニー」


あまりにも軽く空気に溶けて、
それが重くて
それも可笑しくて、俺は笑った。


「ケニーがいてもいなくても、俺は楽しいよ」
「スタ、」
「俺は、カイルといて楽しいよ」



でも、それが何だというのだろう。
平気だから思い出さないのか。楽しいから、忘れてしまえば良いのか。

そういう考え方もあると思うし、たいていはそうやって納得するんだと思う。
流されるままに風化していけばいいんだ。

でも、
だったら、

それなら、

それなら、ケニーは?



生きている限り時間は進むけれど、死んだ奴は、一生そのままなのだ。
その止まった時間はどこへ行くんだ。
消えたらどこに行くんだ。どこへ消えるんだ。
消えたらなくなるのか。

なくなるのなら、


「ケニー」


この名前は、何なのだろう。






「スタンは、もう平気なんだよ」
「ああ」
「今回は、もう、生き返らない」
「ああ」



人の死は、
ごく身近過ぎる死は、
所詮、子供の俺には難しすぎる問題だった。



「僕がいるじゃない」


言葉とは裏腹に、声は冷たかった。
カイルが冷めたときは、クールを通り越してフリーズって感じなんだ。

その落差にぐらりと揺さぶられる。



「うん」


俺は、ケニーが好きだとか、
生き返って欲しいと思ったわけじゃない。

ケニーとは何なのか、それが分からないだけなんだ。
これは恋でも未練でも感傷でもない。



2010.10.03
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