自分自身、どうしてそんな言葉が口を衝いたのか



 終着点



京介に憧れを残したまま、俺は去って。
和田町という荒んだ戦地から帰って来たころには
俺はすべてを失っていた。

生命さえ。

そんな俺を救ってくれたのが、マミーだった。
俺にとっては、それだけの話。


「トニー」


京介に会うのは2ヵ月以上振りで、もう年を開けていた。

新年の挨拶メールの最後に、話があると一言。
日時と場所が箇条書きしてあった。


「久しぶり」
「ああ」
「話って?」
「……ああ」


吐く息が白い。
気が遠くなるほど眩しい太陽が、積もった雪を溶かし始める。

京介は始終あさっての方向を向いていた。

久しぶりと言っても、たかだか2ヵ月と少し。
そんな僅かな間に、少し大人びたように見えた。

錯覚だろうか。


「……」
「……」


沈黙が更に空気を凍らせて、
緊張感ばかりが膨らんでいく。

何か言いたいのに言えない。
言いたいのに言いたくない。

居ても立っても居られない、そんなもどかしさばかりが過ぎる。


「トニー」
「うん」
「俺、トニーが好きだ」
「うん」


心臓が痛いほど鼓動する。

苦しいのは、京介の想いに対してだろうか。
それとも、彼の、
その痛々しい笑顔にだろうか。

紛れもない、
それを言わせたのも、
そんな顔をさせているのも
俺自身なのだ。


「でも」


次の言葉を予想する。

何度も継ぎ合わせて
どうか安らかな終着点をと。


「もう、やめる。全部、終わりに」


京介の表情は変わらない。
感情を抑え込むように、口の端が歪む。

最初から、全然笑えていなかった。


「トニーの言う通りなんだ」
「……」
「俺はあんたを助けることも、約束を守ることもできなくて。
 あんたを失った腹いせに、マミーに嫉妬して……」


(でも、お前はマミーには、なれない)

自分自身、どうしてそんな言葉が口を衝いたのか。


「でも、俺はあんたをずっと……!」
「良いよ、もう」
「え?」
「もう、取り繕う必要なんかない」
「俺は本当に」
「お前が欲しかったのは」
「やめろ!」


嫉妬していたのは俺のほうだったから。


「今の俺じゃなかった」


退行する願いと、進行する希望。
二人の向かうべき道は完全に逆方向で。


「違う!」
「違わない」


京介はずっと、あの時の俺を救いたがって
それができなかったことを引きずって
そんな自分を許すことができなくて。

今の俺を独占することで叶うと期待した想いは
想定外に虚しく響くだけで

あの時の俺を手に入れることは、もうできないんだと、

そして、自分が欲しがっていたのは
あの時の俺だったのだと、思い知ったのだろう。

ずっとあの時のまま。


「俺は、あんたが好きだった」
「わかってる」
「でも、あの時のまま止まっちまったんだよ」
「ああ」
「好きなのに、動かない。気持ちが、動かないんだ……」
「っ……」


嗚咽のような心の叫び。

今の今まで、ずっと耐え続けてきたのだろう。
誰にも言えない。
自分でも信じられない。

でも、そんな辻褄の合わないことが永く続くはずもなく。

壊れた心は、
こうして爆破するように飛び散って。



「ずっと好きだったのは、俺のほうだよ」



膝を折る彼に、優しく手を差し出す余裕などない。

種を蒔いたのは俺。
耐えれれなくなかったのも、俺のほうだ。

俺が欲しいならやるよと。


あの時の俺しか見ていない彼と
それに嫉妬し続ける俺。

それならせめて

願わくは、終わりのない呪いを、俺たちに。


2015.1.15
END
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