至上の幸福は、まるで永遠の時間が流れるかのように、ゆっくりと、噛み締めるものだ。



 スローモーション


日射しがぽかぽかとした昼下がり。
今日は、新八っつぁんも俺も非番だったから、
何しようかなんて言いながら、日当たりの良い縁側でまどろんでいたところだった。


「ねえってば」
「あー」
「あーじゃなくってさ」
「いー」
「いーでもなくて」
「うー」
「……もしやすでに寝呆けてる?」
「誰がだ」


閉じられていた瞳が、半分だけ開いてぎらりと光る。
光の加減なんだろうとは分かっているけれど、本当に光るから不思議な目だと思う。

新八っつぁんは両手を頭の下で組んで、仰向けに寝転んでいて
俺はひじをついてうつ伏せに寝ている。
こんな調子でずっと横を向いて話しかけていたかいあって、ようやく彼は俺を見てくれた。

一方通行なのはちょっとだけ淋しい。
でも、交わる瞬間が堪らなく好きだから、それも悪くはないと思う。

少しだけとろりとした瞳が、魅惑的に俺を睨んでいた。
それだけで、心拍数が上がった気がした。


「眠い?」
「昼飯喰ったばっかだし」
「牛になるよ」
「お前もな」
「どっか行こうよ」
「どっかって」
「どこでも良いよ」
「じゃあここで良いだろ」
「せっかく二人っきりなのに」
「どこにいようが、二人っきりだろ」
「もっと満喫しようよ」
「ふあ……」


新八っつぁんは、大きな欠伸をすると、
せっかく取り戻しつつあった意識をまた失おうとする。

瞳が揺れて、長い睫が震える。
小さく一度、まばたきをした。
そして、ゆっくりと、瞳が閉じてしまう。

俺は、その動作をじっと見ていた。たった一瞬の動作を。


ごくり。

時間をこのまま止めてしまえるような錯覚。
きれいで、あたたかで、優くて。

一瞬て、実はこんなに長いんだ。


夢の中のように、時の流れが緩やかになるのを感じて
思わず笑みがこぼれた。


「じろじろ見てんな」
「え、何でわかっ」
「変な気起こすなよな」
「誘ってるって受け取っても良いのかな」
「どう受け取ろうがお前の自由だよ。俺がぶん殴るのも俺の自由なように」
「……」


俺が黙ると、まだ寝ねえよ、ともう眠ってしまいそうな声で新八っつぁんは言った。

なんだか、俺ばかりが話したくて仕方がないみたいな言い方。
まさにその通りなんだけれど。



「新八っつぁんてさ、たまに神様みたいになるよね」
「は?」
「実はこの世を操ってるのって、新八っつぁんなんじゃ」
「やっと気づいたか」
「ええっ!! まじで!?」
「んなわけあるか」
「……だよね」


ばっかじゃねえのと言う新八っつぁんに、
分かってるよと小さく呟いたけれど、
俺を操っているのは、確かに新八っつぁんだと思った。



空を見上げる。
青い空は高くて、見上げても見上げても、どこまでも空だった。
淡い雲は、俺の目を盗んではどこへなりと消えていった。


ちらりと横を向く。
新八っつぁんは、すでに寝息をたてている。

まだ寝ないんじゃなかったの。
そう言ったつもりが、音にはならなかった。



体は、呼吸する。脈を打つ。


風が、新八っつぁんの髪を揺らした。
柔らかそうな髪。(柔らかいのだけれど)
睫が動く。
鼻の絆創膏が、子供みたいだと今更に思う。
憎たらしい言葉を放つ唇は、気持ち良さそうに、わずかに開かれている。


きっと自分は、今、世界中でいちばん幸せを噛み締めていると思う。
時が止まることを、永遠の幸せを知っているのは俺だけなんだと思う。


自分が呼吸をしているかなんてどうだって良いくらい。



新八っつぁんだけを。




「おい」


眠っていたはずの新八っつぁんが、大きな瞳を全開にしていた。
その瞳には俺が映っている。



「え、あれ、」
「何寝呆けてんだよ」
「寝てるのは新八っつぁんだよ」
「寝ねえっつったろ」
「まるで天使かと思った」
「死ねまじで」


じっとりと汗が滲んでいた。
息が少しだけ苦しい。


幸せが逃げないようにと、息を殺して、動きを止めて、
こんなことしていたら、本当に死んじゃうかも。



「幸せを噛み締めてたらさ、気が遠くなっちゃった」
「ばーか。幸せなんて噛み締めるもんじゃねえよ」
「え、幸せこそじゃない」
「そういうのって、後々感じるもんだろ」
「それって結果論で、思い出みたいなものでしょ。瞬間だよ、真っ只中を噛み締められたら、最高に幸せだよ」
「そんなもん高速だよ」
「永遠だよ」
「は?」
「どうしてかな、本当に、永遠なんだ」





「死人みたいなこと言うな」
「死んだら言えないよ」


おかしくて俺は笑ったけれど、
新八っつぁんは少しも笑わなかった。



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今なら分かる気がした。
ゆっくり、嫌というほど噛み締めるものなんか、ろくなものじゃないってことかな。



それでも俺は、新八っつぁんとの幸せを噛み締めるんだと思う。

今の今でも。もう死んでしまう、この時でさえも。




2008.06.01
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