本当は飽きているクセに、見つめていた。
それが自分にできるせめてもの意思表示だと言わんばかりに。



 それはただの嫉妬



「スタン」


12回まで数えたのは覚えていた。
その名を、もう何度呼んだだろう。

スタンはケニーの死体を見つめたまま、少しも動かない。
ずっと動かない。振り向きもしない。


「スタン、もう、」


そう言って言葉が切れる。
もう、なんだって言うんだろう。
次の言葉が出なくて、何度も言い直しては、また呑み込む。
これはまだ5回目。


「スタンは、」
「……」
「スタンはケニーが好きだったんだ?」


こんな今更な言葉しか出ない。
でも、他のことを言っても、きっと、スタンは返事をしてくれないとも思ったから。
なんとなく、直感的にそう思った。


「カイルだってそうだろ」


早口でそう答える声は、暗かった。
今までで聞いた声の中で、いちばんクールで
悲しい声だったと思う。


「友達だからね」
「ああ」
「スタン、僕たち親友でしょう?」
「ケニー生き返るよな」


僕の言葉を無視してスタンは言った。
耳に入ってすらいなかったのかもしれない。

僕が黙っていると、呟くように同じことを繰り返した。


「いつもそうだったじゃん」
「そう、だよな」
「うん」
「あんだけ死んどいて、死ぬわけないよな」
「病気で死ぬなんて、初めてだけど」
「俺、アイツになんにも言ってない」


最後までケニーの病気も死も受け入れられなかったのはスタンだった。
最後の最後まで、必死で拒んでいた。

そうまでしてケニーを、なんて思ったけれど
苦しむケニーを見守るスタンを見なくてすんだのは
都合が良かったと思う。

そんな姿見せつけられたら、
僕はケニーを心から尊んでやることはできなかったと思う。

でも、最後にスタンは来た。
息を切らして、駆けつけて。その顔はいろんな感情で溢れていて
僕のほうが泣きそうになった。


「なんて言うつもりだったの?」
「わかんない。でも、さよならはしないつもりだった」
「そっか」
「死んだら殺してやるって、そう言ったらアイツ笑うかな」
「笑うよ。お礼とか言っちゃったりして」
「バカだな」
「うん、でも」
「でも?」
「ううん、なんでもない」


でも、本当にバカなのはスタンだと思う。

僕は、ケニーが死んだことよりも、スタンが親友だと言ってくれなかったことが悲しかった。
そう言ったらスタンは怒るだろうか、笑うだろうか、それとも軽蔑するだろうか。
弱っているところにつけこもうとするなんて、最低だと思ったかもしれない。




「スタン、うち来る?」
「帰るよ」
「スタン、また明日」
「ああ」
「スタン、」




やっぱり、後が続かない。
スタンはケニーを見たまま、こっちを見もしない。

本当は、もう、飽きているクセに。
いつもなら遊びに行くはずなのに。

バカみたいだ。

もう、遅いのに。間に合わなかったクセに。今更。
それが自分にできるせめてもの意思表示だと言うつもりなのだろうか。





「僕たち、親友だよ」
「当たり前じゃん」
「僕スタン好きだよ、ケニーより好きだよ」



初めて彼は振り向いた。

まんまるの目。そのあと、遅れて口元だけが笑った。
心臓にぐさりと何かが刺さる。ケニーじゃあるまいし。
でも、ジョークだと思ってくれただけマシかもしれない。


「知ってたよ」



ぐさり。



そう冷たく言ってスタンはまたケニーを見つめる。


痛いのに死ねない。ケニーは死ねるのに、僕は死ねなかった。
心に突き刺さるのは、後悔の槍。




―言わなきゃ、良かった


ぽつり呟いて、踵を返した。


最初から最後まで
スタンは「ケニー」にしか反応しなかった。
僕の名前なんか、スタンの口からは一言も出なかった。

バカなのは、きっと僕だ。
つけこむ隙は、どこにもなかったんだ。



僕が泣いていても、それは、ケニーが死んだことが悲しくて
泣いているのだと、みんなは思うのだろうと思った。
罪悪感では、ない。


2007.10.25
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