足りない、何か



腕の中の小さな人を見て
この人が女だったら良いのにと思った。

どうしてそんなことを思いついたのだろう。
この人が女だからって現状は何一つ良いほうへ転んだりしないのに。
何一つ変わっちゃくれないというのに。

それでも、そのほうが
あるべき姿として、あるべき形として、正しいからかもしれなかった。


「そういうことはさ、心の中にとどめておいてくれる」
「とどめておけなかったから言ってるんだけど」
「信じらんねえ、今言うなんて」
「え、違、そういう意味じゃな……」
「分かってるよ、お前じゃないんだから」
「え、じゃあ、どういう……」


腕の中の小さな新八っつぁんは、小さく舌打ちをして背中を向けてしまった。
女が良いだなんて思ってないよ、ともう一度弁解。
うるせえ、とまだ怒っている。


「新八つっぁんが女だったらって思ったんだ」
「余計悲しいだろ、そんなの」


それを聞いて、なんで新八っつぁんが背を向けたのかが分かった。

怒ったんじゃなくて、自分の躰と、いくら願ったところで仕方のない
非力な願いを呪ったのだと思う。
俺はと言うと、浅はかだった自分の思いつきを呪った。


「ごめん」


新八っつぁんは何も言わなかった。


この人が女だったら、と懲りずに考えてみる。

毎日毎日お花を摘んで行ってあげよう。
たまに、可愛い簪を買ってこよう。(きっと凄く凄く可愛いと思う。今もだけど)
知っている限りの愛の科白を尽くして口説いて(新八っつぁんが折れるまで)
そして、結婚を申し込もう。
結婚したら、二人の家を建てて。
夫婦水入らず、小さなお店とか開いて生活すれば良い。
数年後には子供もできて。
そしていつまでも一緒に老いていくんだ。

どうかな、こんなの。


「くだらねえこと考えんな」
「え、声出てた?」
「わかるよ、それくらい」


バカな想像をすべて見透かされているようで顔が熱くなった。
どうせ知られているならと、その熱を、じかに伝えようと
後ろから小さな背中を抱きしめた。

暗がりに、ちょっとだけ肩が震えたような気がした。


「なんだよ」
「なんでも」
「熱いんだよ」
「新八っつぁんが俺の心読むから」
「知るかよお前の心なんか」
「じゃあ、聞かせてあげようか」
「開き直んな、バカ」


小さな躰を抱きしめると、すぐに熱が伝わり温かくなる。
熱いくらいだけれど、冷えていた新八っつぁんが温かくなってくれて、嬉しいと思う。

小さいってこういうとき便利だな、と気づかれないように笑った。


「俺たちの子って、絶対可愛いと思うよ」
「いらねえよ、子供なんか」
「あれ、子供嫌い?」
「自分の子供が欲しくないだけ」
「俺たちの子だよ?」
「だからだよ」


どうしてなのか、思いを巡らせてみたけれど
これといって相応しい理由が見つからなかった。
でも、聞いちゃいけないような気がして、聞いたら後悔するような気がして
黙っていることにした。

黙っていると睡魔が襲ってくる。

だんだん意識が不定になって、知らないうちに途切れてしまう。
朝があんなに清々しいのって、
途切れた記憶を綺麗さっぱり忘れてしまうからかもしれない。

なんだか凄く悲しくなった。



「……今のままで良いじゃないか」
「え?」
「女だからってずっと一緒にいられるわけじゃない」
「そう、かな」
「俺は子供なんかじゃなくてお前で良い」
「二人の証だよ」
「俺もお前もここにいる。証がどうして必要なんだ」
「それは……」


新八っつぁんの言葉に返す言葉がなかった。
そんなこと初めから分かっての思いつきだ。

それでも幸せな想像への衝動は消えることがなくて。



「不足なのかって思うだろ」


不足があるとすれば、俺の配慮だろうか。

こんな不安ばかりが生まれる関係が
そもそも不足の事態なのかもしれないなと思いながら
眠りに落ちた。


2007.07.22
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