そうじゃない。

俺が欲しいのは。




 たった一言


聞き慣れた着信音が響く。
彼専用の音だ。

点滅する携帯の画面には「新八っつぁん」の表示。
半分くらい曲が流れたところで、やっと通話ボタンを押した。


「もしもし」
「平助?俺」
「うん」
「今どこ?話してても平気?」
「ん」
「何、なんか元気ないけど」
「そんなこと」


俺は気分屋だから
気分の浮き沈みが激しくて
今日はたまたま落ち込んでるっていうか
気持ちが沈んでるわけで

新八っつぁんの、あまりにもいつも通りの声を聞いて
なんか、淋しい。そう思っただけで。

なんてことはない
俺が沈んでいるときに
いつも通りなのが、気に食わなかったんだと思う。


「何かあった?」
「何も」
「ほんとに?」
「いつも通り」
「それなら、良いけどさ」
「……」


こういう時は、決まって優しい言葉が欲しくなる。
胸を焦がすような、甘い、告白めいた科白が欲しくなるんだ。

いつもならそう素直に言えるのに
何故だか今日は言いたくなくて
俺の気持ちとか、全部を察して欲しかったから
ちょっと拗ねてみたりしたわけ。

なのに。



「かけ直そうか」
「……っ、」


それなのに、新八っつぁんはやっぱりあっさりしていて。
もうちょっと、心配してくれたり、宥めてくれたりとか
ないのかな。

新八っつぁんのそんな言葉も調子も
気にかかることなんかないはずなのに
いつもと何一つ変わってさえいないのに

もの凄く、距離を感じるよ。
遠い、気がするよ。



「平助?」
「……」
「黙ってたら、わかんないんだけど」
「……」
「切るよ?」
「……たい」
「え?」
「会いたい、今」


最後に会ったのは、確か二週間くらい前。

普通に過ごしていれば、それくらい日常茶飯事だから
どうってことはないんだけれど

いつもの、こと
そうなんだけれど。

そろそろ会いたいな、とか思う頃じゃないのかな。
ねえ、 だから、電話くれたんじゃないの。



「無理だよ」


間髪も入れずに彼は事も無げにそう言って
溜息をこぼした。

呆れた顔が眼に浮かぶよ。
何、そんなこと?って。


「今日は駄目だって言ったじゃん、この間」
「分かってるよ」
「じゃあ、なんでそんなこと言うわけ」
「会いたいって思ったんだよ」
「我慢くらいできるでしょ?」


できるよ。してるんだよ。

声を聞けば会いたくなって
顔が見たくて、触れたくて
我慢ができなくなることだってある、けど

でも、ちゃんと、分かってる。

新八っつぁんの都合を考えていないわけでも
我侭言って、困らせたいわけでもなくて。
そうじゃないんだ。

そうじゃなくて、今、俺が欲しいのはさ。



「……」
「また、連絡する」
「……で良いのに」
「え?」
「一言で、良いんだよ……」
「聞こえない、なんて言――――」


会いたいって。
会えないけど、会いたいねって。

それさえ、伝わらない。



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