ゲームが欲しいとかおもちゃが欲しいのと同じだと言った。


 手の中のもの



「ケニー」

気づいたように僕を呼ぶこの声が好きだと思った。
忘れていたおもちゃをふと思い出した瞬間の、
押入れからひっぱりだして遊ばなきゃっていう一種の発作的行為。
呼びたくて呼んだんじゃない。
たぶんそれは、あるものは使わなきゃっていう使命感のような。


「なに」
「でかいアメ玉あるんだ」


カイルはポケットをごそごそと探って、手のひらより大きなアメ玉を取り出した。
さっきから異様に膨らむカイルのポケットが気になって気になって
指摘しようかどうか迷っていたところだったから、グッドタイミング。
ほんとは笑いそうだったのだ。


「カイル、今、僕のこと忘れてたでしょ」
「呼んだじゃん」
「急にだったよね」
「めざといんだよね、ケニーって」
「ずっと見てるから」
「ちょっと、それ、やだな」
「アメ玉、くれるの?」


そう問うと、カイルは不適に口元を上げる。
嬉しそうな顔。嫌な予感は最初からあった。
もっとも嫌な予感がしない日なんかなければ、
嫌な予感がしない日こそ不吉な予感がするものだ。


「1コしかないんだ」
「じゃあ、半分コ?」
「欲しいの?」
「くれるから出したんじゃないの」
「質問してるの僕なんだけど」
「欲しい」


にんまり笑うその表情は、映画にでてくる悪役みたいだった。
きっと僕はさらわれたヒロインみたいな状況。

カイルが手、と言ったから、僕は手がどうしたの、と聞き返す。
もちろんわざと聞いたのだけれど、
カイルが口を結んで睨むから、はい、と手を出した。
シナリオ通りにしろってことかな。
それなら前もってシナリオを渡しておいて欲しいと思う。


「あげる」


カイルの手から、僕の手に大きなアメ玉が落っこちる。
絶対に何かされると身構えていただけに、僕は、え?、と
カイルの顔をまじまじと見返すしかなかった。


「どうしたの?」
「え、なんで、くれるの」
「だってケニー欲しいって言ったじゃん」
「もしかして、これ洗剤でできてるとか?」


ばこ、と頭を殴られた。
意外に痛くて、ごめんとすぐに音を上げた。


「ありがと」

そう笑ったら、でもね条件がある、と。
やっぱりなんかあるんじゃん、と心の中で毒づいて、
カイルの目を見る。
きらきらしていた。

ああやられた。
この目を見たらもう何でも良いと思えてしまう自分がばかだと思う。
だって、本当にいとおしくなってしまうのだから。


「丸呑みしなきゃ、あげない」


直径が優に10センチはあると思う。ぺろぺろキャンディの、球状版、みたいな。
まず口に入らないよな、とか、窒息するよな、とか
すでに呑み込む前提で想像している自分に気づく。
ああ、だめだな僕って。と苦笑。

僕にはとうに逆らう気はなかったけれど、一応融通もしてみる。


「返す」
「欲しいって言ったろ」
「先に条件言ってよ」
「それじゃあいらないって言うだろ」


滅茶苦茶な理屈。
なんて勝手なんだろうと思う反面、
まじめな顔してそれを言うカイルに僕は逆らえるはずもない。

だって、本当にいとおしくなってしまうのだから。


「カイルが舐めたあとのなら、丸呑みしても良いよ」
「ふざけんな変態」
「嘘だよ」


ほんとはほんとだけれど。

僕はフードをかぶったまま服のファスナを下げた。
久々の新鮮な空気を感じる。

カイルは好奇心満々な目で僕を眺めている。
ちょっと気持ちが良いと思った。


深呼吸して、口に飴玉を押し込んだ。
呼吸ができなくなったけれど、それよりも口の端が裂けそうで
そっちの痛みのほうが苦痛だった。



「吐き出すなよ」


よくもまあこんな非常なことができるものだ。

蟻とかちょうちょとかを遊び殺すのと大差ない。
というか同じだと思っているのかもしれない。




いつだかカイルがこんなことを言っていた。

―そんなケニーはいらない。死んでるケニーと同じくらいいらない。

確か、カイルが僕を自分のものだと主張していたから
僕はカイルが好きだけどカイルのものじゃないよと言ったあとの台詞。
(僕は僕の意志でカイルのものになっても良いとは思うけれど)


手に入らないのなら、いらないという論理。
おもちゃとかゲームが欲しいのと同じ感覚で僕を望んでいるカイル。
手に入らないのなら、いっそなくなってしまえという。
ただ違うのは、そこに生命があるかないかの差だ。
僕にはそれがある。だから、おもちゃとは、少し違うと思う。

―カイルは分かってないよ
―ケニーが生きてるか死んでるかなんて、僕の問題じゃないから、同じだろ




「ケニー」



壊れたおもちゃはゴミ箱に捨てられるのだ。



「死んでるケニーなんかいらない」


でも僕は、どんなカイルだって、きっと好きなんだと思う。



2007.10.02
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