次はない



彼はできないと言った。

少なからず傷ついたのだと思う。
だから意地になった。

俺らしくもなく。



「いつもしてるじゃん」
「そういう問題じゃなくて」
「したいんだよ、今すぐ」
「新八っつぁん……」


困惑した彼を見て、少し落ち着いた。
自分が優位に立っていないと、不安になる。
今日は、譲ってやる気はなかった。

押し倒すようにして、後ずさる彼の上に覆い被さり
上から見下ろす。

まるでいつもの、逆だ。


「ちょ、しんぱっつぁん……!」
「黙ってろ」
「、……っ」


いつも彼がしてくれるように、彼に触れる。

次第に息が荒くなり、時折洩れる声に
自分も興奮していることに気づいた。


「その気になったか?」
「だめ、だって……」
「躰は、我慢できないって感じだけど」
「変だよ、今日の新八っつぁん」
「俺だって、欲情くらいするよ」
「そうじゃなくって……」


躰はひどく反応しているのに
いつまでも煮え切らない、といった様子。

口ではだめだと言いながら
躰は一切抵抗しないじゃないかと、心の中で毒づいた。




「うらぎりもの」



と口にした瞬間、
腕をつかまれ、躰を押し倒された。
形勢逆転。

平助、と呼んだつもりが唇を塞がれた。
息を奪われるほどの激しい愛撫に
意識が飛びそうになった。

いっそのこと、このまま殺して欲しかった。



「……、平、助」
「……」
「……へい、っ」


いつもなら、恥ずかしいほど名を呼ぶくせに
今日は何一つ言葉をかけてくれなかった。

昂ぶる鼓動と、呼吸だけ。

それしか聞こえない。


空しさに、心さえ萎えてしまいそうだ。



「、んなに、嫌なのかよ」
「……」
「どうせ終わりなんだ」
「っ……」
「なんとか、言えよ……っ!」


つらいことも悲しいことも
嫌と言うほど味わってきた。

それに慣れたら、もう泣くこともないとさえ思った。


我慢して我慢して
感情を押し殺して

そうしていたら、ずっと笑っていられるようになった。


でも、余計に苦しみは増すばかりで。








「嫌なわけ、ないじゃん」
「……嘘つくな」
「俺がどれだけぱっつぁんを好きか、知らないの」
「知るかよ」
「ずっと。死ぬまで、死んでも好きだよ」
「だったらできるだろ」
「新八っつぁん」
「もう、限界なんだよ」
「なんで……」
「苦しくて、息もできないんだ」



彼は、できないと言った。


たぶん、心臓が止まったと思う。

感情が溢れそうで、
でもその術はとうに忘れてしまって。

言葉とは裏腹に俺は笑った。
本当は泣きたかったけれど、笑った。
それしかできなかった。



このまま痛みに死ぬのかななんて思った。




「最後だから、するの?」



頬に熱いものが伝った。

彼の、涙。



「新八っつぁんのそんな顔見たくないよ」
「へい」
「できない」
「苦しいんだ」
「ごめん、俺、」
「平助」
「俺、新八っつぁんが好きだから、できない」



次第に視界がぼやけて
頬を流れる涙が
どちらのものなのかは判別できなかった。

うらぎりもの、と呟くと
それでも、好きなんだと返ってきた。


泣いたら、後悔すると思った。
だから、苦しいまま、すべてを躰に刻みつけようと思った。

最後に、死ぬほど傷つけ合おうと。


奇麗ごと言ったって
もう、次はないんだよ。


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