感謝という名の懺悔



誰もいない放課後の教室。
一つの机に顔を突き合わせて、深刻な雰囲気だったのも束の間。

つばきの盛大な笑い声が、静寂に吸い込まれて
耳に痛かった。


「あれ、これって笑い話じゃないの?」
「だから話したくなかったんだ」
「そんな腐ったような面してたらさあ、放っておけないっての」
「面白がってるだけだろ」
「まあねー」
「殺すぞ」


トニーに告白めいたことをした日から、一週間。

何も変わらず日常は過ぎ、
朝起きて、飯を食い、学校で馬場やつばきと馬鹿話をして
予備校に通い、眠る。

特に勉強が手につかないなんて事もなく、
そう、何一つ変わらずに毎日が過ぎて、一週間。

ただ、つばきが目敏く、トニーと何かあったんだろうと
毎日100回は聞いてくるから、根負けした俺は、こうして出来事を話したまで。

淡々と。


「そりゃあショックも受けるって」
「受けてねえ」
「愛の告白をしたら、『お前は俺を救いたいんじゃなくて、マミーに嫉妬しているだけだ』なんて、マジ容赦ねえ」
「駄訳すんじゃねえ」
「直訳だっての」
「お前、黙れ」
「いやあ、俺なら、一生顔合わせらんねえなあ」
「死にてえみてえだな」


分かったようにうんうん頷いて、薄ら笑いを浮かべるつばきに
どうしようもなく腹が立って、一発喰らわせた。

黙らせようと思ったのに、
痛えとか、ひでえとか、もっと煩くなった。

けど、この喧しさも悪くはないと、今は思える。
つばきだけには、落ち込んでいるように見えたのだろう。
一人で考え込まないでいられるだけ、ましだった。


「でもさ、そんなに傷つくってことは、図星なんだよな」
「……うるせえ」
「何でそんなにトニーを独占したいわけ?」
「知らん」
「俺からすると、京介はかなーり特別待遇だけど」
「それって対等に見てもらえてねえってことだろ」
「ほんと捻くれてんね、お前」


そう言って苦笑する表情がやるせなさに満ちていて、
俺は言い返すことができなかった。

時々、こいつはこういう表情をする。
決まって俺は言葉を飲み込んで、調子を狂わされるんだ。


「ま、頑張れ」
「完全に他人事じゃねえか」
「完全に他人事だし」
「ほんとお前って薄情だな」
「良いじゃん、振られてないんだし」
「完全に牽制されてんだろ」
「次はがっつり振られてくれば? 慰めてやんよ」


つばきは、振り上げた拳を察知してさっと身をかわす。
少し離れた机の上に腰かけて、からからと笑う。

確かに、振られたわけじゃない。

でも、俺のどす黒い独占欲を見透かされて
軽蔑された気がした。

あの時、トニーがどんな顔をしていたかは分からない。
恐くて見られなかった。

言葉とは裏腹に、トニーの声があまりに軽くて、素っ気なくて
顔を見たら、自分は死ぬだろうと思った。

思い出すと、いまだ背筋が凍る。


「くれるって言ったんだろ?」
「言ったけど」


(あんたを俺だけのものにしたいんだ)

(良いよ。やるよ)


トニーの真意が分からない。


「分かんないならさ」
「……」
「本人に聞いてみろ」
「……」


つばきは、机の上に座って夕焼けを眺めていた。
赤毛が夕陽に透けて、その美しさに目を奪われた。


「今、見とれた?」
「あほか」


心を見透かされたようで、言葉に詰まりそうになる。

いつからだったかな、つばきが俺の考えていることを
トレースするようになったのは。


「望みはまだあるんじゃね」
「……かもな」
「そんくらいで落ち込むなんて、贅沢過ぎだから」
「人の気も知らねえで」
「知らねえな」


つばきは、悪巧みするように、口元を歪めて笑う。


「京介は、ほんとの片想いをしたことないんだよ」
「え?」


真っ直ぐで、淀みのない笑顔に
何故か涙が出そうになった。


「さ、帰んぞ」


歩き出したつばきの後ろ姿に、
感謝の言葉を呟いた。

(ごめんな、つばき)



2014.12.16
to the next story→ 片想いの利潤

inserted by FC2 system