俺は万年片想いをしている。



 片想いの利潤



最初の印象は最悪だった。

プライドが高く、くそ真面目で、神経質で、責任感が強くて
絶対に自分の正義を曲げないという、
ほんとに扱いにくい奴だった。

いつも何も言わず、大事なことさえ語らず、自分の信じた道を行く。
一見それは、鼻につくことかもしれない。
現に俺も、いけ好かない奴だと遠巻きにしていた。

そんなあいつに、どうして惹かれてしまったのかというと、
紛れもない、その正義とやらが本物だったから。
その格好良さに、心を奪われたのだ。


「よ、トニー」
「つばき?」


ただいま、という声と同時にドアが開く。
中から掛けられた声にトニーはひどく驚いたようだ。
まあ、ここは、トニーの家(えんチョーの家)だから、当然の反応だ。


「久しぶり、驚いたよ。えんチョーは?」
「なーんか買い物行きたいから、留守番頼むって言われてさー。赤の他人に頼むなっての」
「はは、えんチョーらしい」
「茶ーも出さずに言っちゃうんだぜ?」
「相変わらず図々しいな」
「素直なの、俺は」
「はいはい、今出すよ」
「サンキュー」


学校の帰り、俺はトニーに会いに、えんチョーの家へ行った。
俺の顔を見るなり、えんチョーは用件すら聞かずに、
ちょうど良かった留守番頼む、なんて言って俺を置き去りにして出て行った。


「不用心じゃね?」
「つばきなら大丈夫だって思ってるんだよ」
「まあ、頼りになるからな、俺」


テーブルの上に、二つのお茶と、籠が置かれた。
籠には、煎餅やら和菓子が入っていた。


「いただきまーす」
「で、何の用?」
「あんだよ藪から棒に」
「それ、こっちの台詞」


トニーは少し警戒したような目で俺を見た。
丸くなっても、この鋭さは変わらないようだ。

俺は煎餅をばりばりと半分ほど食べて
お茶を流し込んだ。


「お前はマミーにはなれない」
「……」
「それってさあ、どういう意味?」
「全部筒抜けってわけか」
「つまんない嘘までついて会いに行ってさ、どういうつもり?」


京介は2週間ほど前に、トニーに告白したようだった。
それは不慮の事故のような代物で、後悔しているように見えた。
告白自体が不本意だった上、トニーからは煮え切らない返事。
完全玉砕。

すぐに立ち直るだろうと高を括って待ったけれど、
苦しそうなあいつを見ているのに耐えられなくなって、ここへ来た。
余計なお世話をせずにはいられなかったのだ。


「ほんとに仲良いな、お前ら」
「嫉妬しないで下さい」
「するよ」
「するんかい」
「お前もだろう、つばき」
「まあね」


トニーは今日初めて、俺に気を許したような顔をした。

同情されたようでムカついたけれど、ほんとのことだから仕方ない。
京介に足りないのは、きっと、こういう素直さ。

俺が意地になると、京介とはいつも喧嘩になってしまうから、
いつだったか素直になろうと決めた。
今だって喧嘩ばかりだけれど、少なくなった。
まともな会話が続くようになって、距離が縮まったような気がした。

前より、俺を好いてくれているような気がした。

それだけで嬉しかった。


「お前は、何になりたい?」
「え?」
「お前は俺か?」
「んな訳……」
「お前は、京介の母親になりたかったのか?」
「くだんねえこと言ってないで、俺の質問に答えろよ!」


トニーの視線に耐えきれず、顔を背けた。

何故だろう、心がざわつくのは。

俺は京介にとって何だ?
何になりたい?

いつからだっただろう。
トニーのことで悩むあいつの隙につけ入って、誑かさなくなったのは。
トニーのことで悩むあいつを、慰め、助言すらし始めたのは。


「よそよそしくなったって、言ってたよ」
「京介、が……?」
「喧嘩でもすぐ折れるし、他人事みたい優しくて、調子が狂うって」
「俺はっ……」


自分は大人になったんだと思った。
だから許し、受け入れ、慰めることができるんだと。

優しくすることで、伝わる想いがあると
距離を置くことで、見えるものがあると
それが大人になるってことなんだと。


ああ、そうか。


あいつの怒った顔ばかり見てきた。
それも好きだったから、また怒らせた。

でも、トニーを見る京介の顔は俺の知らない顔で、
なのに、いちばん綺麗だった。
それが、どうしようもなく、苦しかった。

京介に、精一杯関わるほど、傷が増えるんだ。
小さな傷は、いつしか俺の体中を覆って
俺の想いを手折っていく、少しずつ、少しずつ。
耐え切れない痛みではない。
でも、悲しかった。

俺は、諦めてしまっただけ。
少しでも俺を好いてくれただなんて、そんな妄想。

あいつは、申し訳なさそうな顔をしたじゃないか。


(ごめんな、つばき)


「だって、京介は、あんたが好きなんだよ」
「負け試合は、ごめんだって?」
「……誰だってそうだろ!」


焦がれるような顔を見て、俺は逃げてしまった。

今の関係を壊すのが恐くて、傷つくのが恐くて
小さな傷に耐え続けるのが精一杯で。

戦うこともせず


「お前が、ここに来る権利なんか、ない」
「……っ」


伝えなければ、失うものはないから。

ずっと好きだった。
ずっと近くで見ていたんだ。

あいつを好きだという、この想いだけあれば良い。
苦しみたいわけじゃない。
でも、苦しみから解放されたくもない。

京介に捧げた時間があまりにも長すぎて、
それを失ったら、俺にはもう何もなくなってしまう。

俺は万年片想いをしている。
俺は、片想いを、させて欲しかった。
この先も、一生かけて。



2014.12.22
to the next story→終着点
inserted by FC2 system